【卒業生へインタビュー企画】村井 康太朗さん

このコーナーではアライブを卒業し活躍されている卒業生を紹介していきます。

卒業⽣へインタビュー企画、第21回。
今回は東海⼤浦安⾼校3年⽣ 村井康太朗選⼿(コウタロウ)です。 コウタロウは、時に⼼配になるくらいの元気いっぱいな選⼿でムードメーカーであり常にアカデミーを引っ張ってくれました。 実は負けず嫌いで後輩の話を聞いてくれる頼りになる兄貴肌な男です。 今回のインタビューでも将来の夢などをしっかりと話してくれました。 意外なコウタロウが⾒られるインタビューです。 ぜひご覧ください。

笑う⾨には福来たる


プロフィール

氏名: 村井 康太朗(むらい こうたろう)
高校: 東海大浦安高校 3年生
⾝⻑: 168cm
体重: 82kg
座右の銘:笑う⾨には福来たる
⽬標とする選⼿: ショーン・マクマーン選⼿(東京サントリーサンゴリアス)

 

 

Alive
⾼校ラグビーお疲れ様でした。
村井 康太朗さん
ありがとうございます。
Alive
⾼校ラグビーは3年間楽しかったですか?
村井 康太朗さん
めちゃめちゃ楽しかったです。
Alive
中学を卒業して東海⼤浦安に進学しました。
東海⼤浦安に進学をしたきっかけってなんでしたか?
村井 康太朗さん
何回か東海⼤浦安のラグビー部顧問の⻄川先⽣が千葉市ラグビースクールの試合とか⾒に来てくれて熱⼼に誘ってくれたこともありますが、同じラグビースクールの⽜村春樹(東海⼤浦安3年)が⾏くって⾔っていたので、⾏ってみようかなって思ったのがきっかけです。
でも1番のきっかけは、⻄川先⽣の情熱ですね!
⻄川先⽣の熱に引き込まれました!
Alive
そうだったのですね。
東海⼤浦安ではポジションは主に3列でしたね。
⾼校で⼀番努⼒したことは何でした?
村井 康太朗さん
⾼校3年⽣になってからの、ラインアウトとモールが⼀番努⼒しました。セットプレーを任されるようになって、リーグワンの映像を観たり、先輩からアドバイスをもらったり悩み続けました。
Alive
東海⼤浦安はどんなチームでしたか?
村井 康太朗さん
いい雰囲気で良いチームでした。先輩にも後輩にも恵まれました。
Alive
先程にも名前が出ました、⽜村春樹は同じアライブ出⾝ですね。
仲良くしていましたか?
村井 康太朗さん
はい。もう、ずっと仲良くして。仲良くしてくれた春樹には感謝しています。
Alive
Alive Rugby Academy(以下アライブ)に⼊ったきっかけはなんだったの?
村井 康太朗さん
ペココーチが⼩学⽣の時から良くしてくれてペココーチがアライブを始めるって⾔うので、⾏ってみようかなっていうのがきっかけです。優悟(伊藤優悟、昌平⾼校3年)とかもいたし、⾏ってみたいなと思いました。
Alive
コウタロウは⼩学5年⽣から来てくれましたね。あの頃の千葉クラスは千葉経済⾼校のグラウンドでしたね。
アライブでの⼀番楽しかった思い出は何ですか?
村井 康太朗さん
練習も楽しかったのですが、やっぱ合宿が⼀番楽しかったです。実は⾊々な都合があり⼀回だけしか⾏けなかったのですが、⾊々な学年の⼦たちと仲良くなれてラグビーに取り組めたので⼀番の思い出になっています。
Alive
コウタロウは印象のインパクトが強いからみんな実は埼⽟の⼦たちを知っているんだよ。コウタロウが1⼈歩きしているような(笑)
村井 康太朗さん
なので、1回しか⾏ってない合宿で知り合った⼭崎颯太さん(東海⼤1年)にも⾼校⼊学した時に聡太さんの⽅から声をかけて頂きました。
アライブの合宿いたよね?みたいな感じで。(笑)
合宿に⾏かなかったら、そんな話もできなかったですね。
Alive
1回しか合宿に来てないけどなかなかのインパクトを与えてくれました。
では、アライブで⼀番楽しかった練習は何でした?
村井 康太朗さん
やっぱりタックルの練習は、だいぶお世話になりました。
Alive
タックルの練習はどんなところでお世話になった?
村井 康太朗さん
低くするタックルです。マットの上に棒を置いてみたいな。
タックルがずっと⾼かったので・・・。
⼩学⽣、中学⽣でも・・・その練習のおかげで基礎はできたと思います。
Alive
低くなるテクニックを教わったことによりタックルが上⼿くなったと。
村井 康太朗さん
はい。そうです。
Alive
ありがとうございます。
コーチに⾔われた印象的な⾔葉はありますか?
村井 康太朗さん
トニーコーチに教えてもらった
『審判に反抗しない』っていう⾔葉は今でも残っています。
Alive
当たり前の事に思えますが・・・。
村井 康太朗さん
僕は⾃⼰主張が強くて・・・。
どうしても⾔いたくなってしまうのですよね。トニーコーチがそれだとレフェリーが敵になってしまうから反抗しても良いことないからまずは聞きなさいって。それはコーチの⾔葉もそうで、まずは聞きなさい。それもラグビーのスキルですって。もう今でもずっと記憶に残っています。
Alive
⼤きいトニーコーチに規律のことを⾔われたら聞くしかないですよね。トニーコーチのインパクトの勝利だね!
村井 康太朗さん
はい、そうですね。負けました・・・。(笑)
Alive
アライブで誰と仲良かったですか?
村井 康太朗さん
同じ年だったらやっぱり、ユウゴ(昌平⾼校3年)とヒナタ(昌平⾼校3年)ですね。下だと東海⼤浦安に来てくれた百⽬⻤⼀眞、⽶⽥来海(東福岡1年)とかも仲良かったです。歳を意識することなく仲良くなれました。
Alive
コウタロウの得意なプレーは何ですか?
村井 康太朗さん
モール、ブレイクダウンなどの密集が得意です。ごちゃごちゃしているところです。
Alive
そのために努⼒したことは何ですか?
村井 康太朗さん
ブレイクダウンとかだと、とにかく低くモールでも⼤きい相⼿に対して低くいく事、相⼿が嫌がることをするのが好きでそういうプレーをし続けていましたね。
Alive
将来の夢は何ですか?
村井 康太朗さん
全然ラグビーに関係なくなっちゃうのですけど警察官になりたいです。
Alive
おー!確かお⽗さんも警察官ですよね。
やっぱり影響⼒はありましたか?
村井 康太朗さん
はい。影響が⼤きいですねお⽗さんからは絶対に警察官だけには、なるなとは⾔われてきましたけどね。(笑)
Alive
お⽗さんと同じ仕事に就くってなかなかすごいことだね。
村井 康太朗さん
はい。結局お⽗さんの仕事は尊敬しています。
Alive
お⽗さんとお⺟さんはいつもコウタロウの試合⾒に来てくれていましたね。
村井 康太朗さん
そうですね。本当に⽀えてくれて感謝しています。⾼校でのお⾦もこれからの進路でのお⾦でもお世話になりっぱなしでこれから恩返しをしていきたいと思っています。
Alive
座右の銘はなんですか?
村井 康太朗さん
『笑う⾨には福来たる』です。
Alive
その理由は?
村井 康太朗さん
⾼校3年⽣になって責任感を持つようになってからの話なのですけど、とにかく⻄川先⽣にコウタロウが不機嫌だとF Wがみんな⼼配になるから。と、ずっと⾔われ続けていて、それなら練習中も試合中も、とにかくずっと笑顔で⾏い味⽅に安⼼してもらえるように笑顔をずっと意識していました。僕が率先して笑顔ならみんなにも福が来るかなって。そうしたらみんなが楽しそうになり雰囲気が良くなりました。相⼿からはサイコパスかと思われたかもですが・・・。(笑)
Alive
コウタロウは良くも悪くもムードメーカーだからね(笑)チームには⽋かせない存在だったのでしょうね。アライブの練習でもコウタロウが居る、居ないで雰囲気が違ったからね。いつでも話の中⼼でしたね。
東海⼤に進学しますがラグビーは続けますか?
村井 康太朗さん
⼤学ではラグビーはしませんが、クラブチームで続けたいと思っています。ラグビーは好きなのでラグビーには携わりたいと思っています。
Alive
ラグビーを通じて何を学びましたか?
村井 康太朗さん
ラグビーを通じてだと、まあとにかく笑顔ですね。笑顔を学ぶ。本当にそうなんですよ。試合中も、ちょっとニコニコして。しんどい時もちょっとニコニコしてればなんとなく⾟い感じもなくなるし、なんでも⾟い時はなるべく笑顔になるようにしているのですよ。
Alive
笑顔は伝染しますからね。
ラグビーをやっている楽しさは何でした?
村井 康太朗さん
ずっと感じていたのは、仲間です。
みんなでトライした時の楽しさとか⾼校最後の試合、千葉県⼤会の決勝で負けはしましたが、流通経済柏戦で仲間全員で勝ち取ったモールでのトライ。最後にみんなでずっと練習してきたモールでトライを⼀本取った時に、もう、ものすごく楽しくて嬉しくてもうやってきた甲斐がありました。仲間みんなで⼀つのことを成し遂げるのが楽しかったですね。
Alive
そうですね。みんなで成し遂げる楽しさができるのがラグビーの良さですからね。試合を⾒ましたが、トライをした時の皆んなの笑顔が印象的でした。
最後に現役アライブ⽣に向けて⼀⾔お願いします。
村井 康太朗さん
⾃分もアライブに⾏き始めてからスキルとか基礎がいっぱい⾝につけられたと思うので、通い続けてれば必ず⾝になります。⾟いことがあっても諦めず、継続して続けて頑張ってください。
Alive
ありがとうございます。話も弾み、時間を忘れる終始笑顔のインタビューでした。そんな魅⼒たっぷりのコウタロウの今後を応援していきます。
たまにはアカデミーに来てくださいね!

      

アカデミーに入った頃↓